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哀しみよ、さようなら。
2010/05/04(Tue)



娘がご飯を作ってくれた
こりゃすごい!
だって年に一度、あるかないかだもん♪
母の日はまだだし・・

まあそんなことより
素直に嬉しかったよ
ありがとう!!

・・・・・・・・・・・・・・


なのにこの
哀しげなご飯は
ナニ?


このご飯が哀しいわけじゃないの
ただわたしが哀しいだけ

いつものケータイで撮ったのに
肝心のおかずはピンボケで
せっかくの娘の手作りが
何だか哀しげに見えてくる

哀しいのはわたしの心なのに
なんだかそれがこの写真に
写り込んでしまったみたい

娘はそれを知ってか知らずか
それでもやっぱり
なんとなく分かるんだろうね
だからご飯なんて急に作ってくれたいりして
しかもバイト帰りで疲れてるのに・・

見た目は元気なわたし
ネットラジオ収録したり
歌ったり
CD作ったり
本の企画でウキウキしたり

そんな毎日に
隠した哀しさを
見破っていたのかもしれない




忘れ去られた哀しさ
忙しいとかそういうことじゃない
忘れ去られるくらいの
ちっぽけな存在
いらない存在
至らない存在
人として全然ダメってこと

そんな自分、哀しい。

哀しみの湖
せっかく流してもらったのに
また増えちゃう
だから風に晒し
太陽に晒し
蒸発しますように

わたしは今まで
哀しみから目をそらしてきた
まあ、仕方がないよとか
そいういうこともあるよとか

でもわたしはもう
哀しみから目をそらさない





哀しみも幸せも
繋ぎ合うこと
言葉を音を紡ぐものとして
そこに愛はあるか
そこに嘘はないか
常に振りかえらねばならない

わたしは大きくなっても
だからこそ小さなことを
疎かにしない
忘れない
なぜならわたしだって
宇宙から見たらちっぽけだから




娘はいつも
わたしが哀しいとき
そっとそばに寄り添ってくれる

それを想うと涙が出るよ
それだけで娘は
すごい人だと思う

身内を誉めて恥ずかしけれど
そうやって一個の存在として
感じたことは
例え娘でも
認めておきたいと思う




哀しみの傷みから目をそらさないで
それは誰かの傷みのためになるように




そしてご飯を食べて
哀しみよ、さようなら。
哀しみよ、さようなら。
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